2012年8月5日日曜日

僕の話(ホームレスになった日)

僕は相変わらず製菓工場で働いていた。

京都ならではの和菓子を製造している工場だ。

水ようかんやら、和テイストのゼリーやらを、

毎日毎日作っていた。


「次に部屋に入る人が決まったから、部屋から出てってくれ」

という訳の分からないメールが来た後も、

特に何も変化は無く、

せっせせっせと工場で働いた。

滞っていた支払いにも追いつき、

食事も三食食べれる様になった。

伸びっぱなしだった髪の毛も、

ちゃんと美容室でカットしてもらった。


製菓工場のパートのおばちゃんとも仲良くなってきて、

工場での仕事も意外と楽しいのかもしれないと思ってきた。


室温が40度近くなる工場内で、

上から下まで分厚い衛生服を着ての作業は、

とてもキツくて、一日何人かは倒れていたのを覚えているが、

僕の場合、何だかんだ言いながらも、

しんどいブルーカラーの仕事も楽しめる自分の性格に助けられたのだと思う。

訪問販売の営業から、

ネット上でも評判があまり良くない、某物流会社での仕事まで経験していたので、

多少劣悪な環境での仕事でもストレスは溜まらなかった。


中谷の会社を辞めてから丁度一ヶ月半が経とうかとしていた。

いつも通り、夜22時頃、僕は布団に入った。

朝が早い仕事の為、今までよりも早く寝付く週間が付いていた。


布団に入ってしばらくして、

ウトウトし始める。丁度一番気持ち良い時間帯だ。

その時、

ドアがノックされた。

ゴンゴン、ゴンゴン、という音は、恐らくアパート中に響き渡ったと思う。


中谷だ。と思った。

それ以外に考えられなかった。

まさか本当に追い出すつもりだろうか?

正当な理由も手続きも無く?

そもそも何で追い出したいんだろう?

管理会社は何を考えているんだろう?

瞬時に色々な考えが頭の中を駆け巡った。


ガチャリ。

鍵を回す音が聞こえた。

どうやら合鍵をもらって来たらしい。

そこまでするかと。

こんな夜中に普通それは無いんじゃないかとちょっと笑ってしまった。


ボロボロで、

しかも住んでいる人の半分以上はワケありっぽい雰囲気の人ばかりのアパートだったので、

僕はいつもドアにチェーンを付けていた。

そのおかげで部屋に入られる事は無かった。


チェーンを切断する以外に、

この部屋に侵入する方法は無い。

疲れていた僕はそのまままた毛布をかぶり、しばらく経つとそのまま寝てしまった。


翌朝。

いつも通り朝ごはんを食べ、

シャワーを浴び、

仕事の用意をして家を出る。

ドアを開けた時、

メモが挟まっている事に気付いた。


「次に入居する人が決まっているのに引っ越さないから、管理会社の人も怒っている。

連絡が無かったら部屋の荷物も全部出すと管理会社も言っている」

との内容だった。


もう意味が全く分からなかった。


すぐ、弁護士さんに相談に行こうと思った。

こんな人達とマトモに話し合えるハズが無い。

大人だったらちゃんと正式な手続きを踏んで行くものだろうと。

正式な手続きも踏まず、

次の入居者が決まっているからという理由で追い出せるハズが無い。


その日の昼休み、

思いつく限りの機関へ電話した。


不動産関係の組合、消費者センター等々。

どこに電話しても、

「そんな理由で追い出す事は絶対に無理」という答えだった。

それはそうだろう。


それに、管理会社の人間が家に来るのならまだ分かるが、

何故、中谷が鍵をもって来るのか。

もちろん、委任状も何もない。

本当に何もかもが意味が分からない。


その日もいつも通り仕事を終えたが、

夜中にまたドアをノックされたら困るなと思い、

ネットカフェに泊まる事にした。

近々休みを取って、

弁護士さんの所に相談しに行こう。

そう思い、ネットカフェで法テラスの事や、

近くにある弁護士事務所を調べた。


翌日、近日中に一日休みを取りたいと伝えた所、

もうしばらく待って欲しいと言われた。

もうすぐ祇園祭だった。

祇園祭前になると、和菓子の製造数が跳ね上がる。

確かに時期が悪いなと思った。

早めに動きたいという気持ちもあり、焦っていたが、

何とか翌週に一日休みをもらうという事で落ち着いた。


来週、弁護士さんの所に相談しに行こう。

それできっと解決するハズだ。

仕事中も、弁護士さんにどう話すのかで頭がいっぱいだった。

まずどこから話せば良いのやら。

弁護士さんに相談するなんて事が今まで無かったので、

何か書類に纏めた方が良いのだろうか、

必要な物はあるのだろうか、

不安だった。

帰ったら、中谷の所で働き出した頃からの出来事を、

時系列にまとめてみよう等と考えているうちに、

あっという間に仕事が終わった。


いつも通りスーパーに寄って帰る。

ご飯を食べて、弁護士さんに渡す為の資料を作ろう。

そんな事を考えながらアパートに着く。


鍵を回した。

気のせいか、いつもと空気が違う様な気がした。

ドアを開け、部屋に入る。


そこには何も無かった。

この部屋に入居した時と同じ景色だった。

唯一の違いは、冷蔵庫。

冷蔵庫だけは取られなかったようだ。

次に住む人の為に残しているのかなぁなんて、変に落ち着いていたのを覚えている。



布団も、机もPCも。

本もCDも服もみんな無くなっていた。

昨夜持って行かれたのだろうか。

ミスった。

昨夜ちゃんと帰っていれば良かった。


これからどうなるんだ。

服は、今着ているTシャツとズボンと靴下しか無い。

部屋にお金は置いてなかったから、お金は大丈夫。取られていない。

所持しているものは、財布とiPhoneとiPod。

これだけで生きていけるのだろうか。

無理だろうどう考えても。


管理会社と中谷に怒りの電話をかけようと思い、止める。

冷静になった方が良いと思った。

多分、ちょっとでも間違えたらもう取り返しがつかなくなる気がした。

一番良いと思われる案は、

やはり弁護士さんだろう。

弁護士さんがどういった事をしてくれるのか全然分かっていない癖に、

何故か弁護士さんが一番頼りになると思っていた。


幸い、部屋の鍵は変えられていない。

いつまでこの部屋に入れるのかは分からないが、

とりあえず寝る事は出来るし、水しか出ないが、シャワーも浴びれる。

とりあえず焦らず、一番良い道を進もう。


次の日も、沈んだ気持ちを奮い立たせて何とか工場で働いた。

次の休みの事しか考えられなかった。

次の休みの日、弁護士さんの所へ相談に行こう。

あまり好きじゃないが、警察にも行ってみよう。


移動中もiPhoneで色々な法律の事や、

似たような事件が過去に無かったのか調べていた。

何もない部屋に帰るのは何だか気分が重い。

働いている間は何とか現実逃避が出来るけど、

何も無い部屋に帰ると、途端に現実を思い知らされるだろう。

気を紛らわす為、

ユニクロで着替えのTシャツとパンツと靴下を買う。

ユニクロがあって良かった。心からそう思えた。


アパートに着き、鍵をドアに差し込む。

回らなかった。

一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

何度も何度も鍵をガチャガチャ言わせ、

ようやく鍵が付け替えられた事に気付いた。


ホームレスになった。

3 件のコメント:

  1. 家賃も滞納されていなかったんですよね!?
    おかしい・・・・・・

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  2. 家賃は会社が元々払っていたのですが、途中から家賃を払わなくなっていた様です。
    契約上の借り主は会社ではなく僕でしたので、家主からしてみたら家賃滞納に見られても仕方ないのではというのが警察の意見でした・・・

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  3. もしかすると新手のリストラ手法だったのかもしれませんね。
    正社員で入社させておき、就業規則でホームレスは解雇になるようにしておけば
    気に入らなければ家賃を振り込まないで解雇できそうです。

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