2012年8月7日火曜日

僕の話(ホームレスの弁護は出来ないと言われた話)

工場から帰ると、家の鍵が付け替えられていた。


まさかこんなにあっけなくホームレスになってしまうとは想像もしていなかった。

ホームレス。

まさか自分がホームレスになってしまうとは。


数日前、部屋の荷物を持って行かれた時に、

軽はずみに動くのではなく、弁護士さんとちゃんと相談しながら解決して行こうと決めたので、

この日も、中谷や管理会社に電話するのを堪えた。

電話した所で、ちゃんとした話し合いが出来るとも思えなかった。


いつまでもドアの前で突っ立っている訳にも行かないので、

ひとまずネカフェに向かった。

ネカフェ難民だ。

TVで見たことがある。

ネットでもよく記事を見かけた。


ちょっと前まで、

「どういう状況でネカフェ難民になってしまうんだろう?」

なんて思っていたけど、

案外あっさりと堕ちて行く人も多いのかもしれないなぁと思った。


ネットカフェ。

6時間パックで1500円。

入店してすぐ寝たとしても、起きてシャワーも浴びたいし、

7時間ちょっとくらいはネカフェに滞在する事になる。

そうなると、一泊約2000円ほど。


「ネカフェ難民」なんて言葉が出来るくらいだから、

ネカフェで何とか生活出来るのだろうと思っていたのだけれど、

甘かった。


その時の僕の日当は一日5000円~6000円程。

ネカフェで2000円。

食事で1000円。

荷物を預けるコインロッカー代が200円。

コインランドリー代が400円。

それ以外に、

交通費や、細々とした出費。

週7日でずっと働ければ、死ぬことは無い。

でも、そろそろ仕事が少なくなる時期だというのは分かっていた。

祇園祭が過ぎると、僕の行っていた工場は暇になるので、

暇になったら働けないと言われていた。

それに、弁護士さんに相談をしに行くのであれば、

その日は働けない。

一日でも収入が無い日があると、ネカフェには泊まれなくなる。


公園には泊まりたくない。

暑いし、虫も多いし、そして何より恥ずかしい。


先の事を考えると、どんどん気分が沈んでいく。

このまま死んでしまうんじゃないかと思えた。


「弁護士さんが何とかしてくれるに違いない」

その希望だけを頼りに、ネカフェと工場を往復した。

工場の人に「荷物多くない?」と聞かれた時はさすがにドキッとした。

コインロッカーに入りきらないものはカバンに入れて持ち歩いていたのだ。


ネカフェなんかで熟睡出来るハズもなかったけれど、

何とか日々の仕事をこなし、

ついに弁護士さんの所へ行く日がやって来た。


事前に、法テラスに電話をして相談の予約をしておいた。

どうやら、勝訴の見込みがある案件に関して、裁判費用を立て替えてくれるらしい。

どうなんだろう。

明らかに不法行為だとは思うのだけど。


当日。

法テラスで、申込書を書く。

住所の欄は空白で提出した。

申込書を提出した後に、法テラスに所属している弁護士さんとの面談があった。

法テラスに何名か弁護士さんが常駐しているらしく、

その中の一人がランダムで選ばれる。

こちらから事前に指名したりすることは出来ない。

どういった経歴の弁護士さんなのかも分からない。


僕が案内された相談室には、

「田岡」という弁護士さんがいた。

40歳前後くらい。

あまり愛想は良くない。


挨拶の後、聞き取りが始まった。

僕が中谷の所で働き出してから、

アパートの鍵を付け替えられるまで。

中谷から受け取った金額や、受け取っていない給料の金額。

アパートの管理会社と中谷との関係。

アパートを追い出されてからネカフェで暮らしている事。

事前にまとめていたので、すんなりと説明出来た。


僕の話を聞いた弁護士さんが言うには、

まず間違いなく勝てるとの事だった。


・不法侵入

・器物破損

・窃盗

・契約不履行


ひょっとしたらまだまだ出て来るかもしれないが、

今の段階では、上記の4つには確実に当てはまると。

持っていかれた荷物、慰謝料の請求は可能だし、裁判所も認めるだろうとの事だった。

もし持っていかれた荷物が既に処分されていた場合、

それに充当するお金を請求する事も出来ると。


「裁判に勝てるんですか?」

と聞くと、

「この状況だと間違いないですね。これは明らかに不法行為です」


「ただ、家が無い人の弁護は出来ないですね」


あっさりとそう言われてしまった。


裁判を起こすとなると、

当然書類のやり取りが必要な場面も出て来る。

それに、裁判費用は分割請求になるから、回収もしなければならない。

そうなって来ると、住所不定の人の弁護というのは無理。という話だった。


確かに理屈としてはそうなんだろうけども。

実際に不法行為によって住所が無くなってしまっているんだし、

裁判には勝てるんだったら何とかならないのだろうか・・・


田岡という弁護士はその後も、

「実家に帰らないというのはおかしい」という話を延々として来た。


「何かあったら親兄弟に頼るのが普通」

「どんな事情があっても家族内で助け合うのが普通」

「役所に行ったらどこに住んでいるのか分かるよね?」

「何で実家の場所を知らないの?」


同じような事を何回も何回も聞いてくるので、さすがにうんざりした。


何回も何回も、

両親がどこに住んでいるのか今は分からない事、

両親の連絡先も知らない事、

弟はいるが、弟の連絡先も知らない事を説明した。


そのたびに、

「いやぁ、それはおかしいよ」

と弁護士さん。


弁護士さんに相談に行ったら何とかなるというのは、

僕の思い込みだったみたいだ。

いや、住所があったら何とかなったのかもしれない。

ホームレスになってしまった時点で、

弁護士さんは助けてくれないのだろうと思った。

弁護士さんも商売だ。

お金が回収出来ない可能性のある仕事をする必要は無い。

ちゃんとお金が回収出来そうな依頼人が毎日相談に来ているのだろう。


「住所が定まったら改めて相談に来てください」

という事で、初回の相談は終わった。


「住所があれば動いてくれるのだろうか・・・」

今のままでは、部屋なんて借りれない。

部屋さえ借りれたら、ひょっとしたら荷物も帰ってくるのかもしれない。


でも、

僕はまだ頑張れるのだろうか。

「住所があれば裁判が出来る」

そんな不安定な希望のみで頑張れるのか。

法テラスからの帰り道、

無性に頭を掻きむしったのをよく覚えている。

もう、どうすれば良いのか全く分からなかった。

荷物を持って行かれてから、

「弁護士さんに相談すればきっと解決するはずだ」

というあやふやな希望に賭けて毎日過ごしていた。

その希望もほとんど断たれてしまった。

部屋を借りれる見込みなんて全くなかった。

もう何も考えられなくなった。


お金の事は心配だったけど、その日も夜はネットカフェに泊まった。

「何かしなきゃ」

という思いで、

付近の弁護士事務所を検索してみたり、

マンスリーマンションについて調べてみたりしていたが、

ただ調べているだけで、何も意味が無い事は分かっていた。

今の状態では弁護士さんは頼れないし、

マンスリーマンションを借りれるお金も貯まらない。


「詰んだ」

一回そう思ってしまうと、もう何も考えられなくなった。

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